[記事公開日]2016/01/26
[最終更新日]2016/06/19

子育てと介護と仕事、すべてを両立していくためのポイント

スポンサーリンク

あなたの両親や、旦那様のご両親は元気ですか?

晩婚化が進んでいたり、我が家のように年の差結婚も増えているため、子育て中に親の介護が入ってくることも珍しくなくなってきました。

親に介護が必要になると、本来は、もらえるサポートも受けられないうえ、自分がサポートに回る側になるので、パニックになってしまうこともあります。

実際に、そういうことになっとき、どうしたらいいのでしょうか。

我が家は何とか仕事を辞めることなく、介護を乗り切ったのでその対策などを書いてみようと思います。

介護をする妻

我が家の体験談

私は夫と一回り以上年齢が離れた状態で結婚したので、結婚したとき、夫の父、義父は70代でした。

義母はすでに他界されていました。

義父は認知症で、また、歩行が困難なので、結婚したときにはすでに要介護の認定を受けていて、ヘルパーさんが来ていました。

夫の介護体験

夫と出会う前から、彼は父親の介護をしていました。

義父が認知症になったのは義母が亡くなる前からで、義母が亡くなってから悪化したそうです。

夫は一人っ子だったので、当然のように介護と仕事の生活を始めました。

しかし、昼間、仕事で疲れて帰ってきて、義父の食事の世話、お風呂などの身の回りの世話をし、一緒に寝て、と心配でいつも一緒に居たそうですが、

認知症のためか、夜中に何度も目を覚まして、その度に起こされて、かなり疲れがたまってきたそうです。

しかも、認知症なので、自分との会話がかみ合わない。

身内なだけに、「父さん、そうじゃないだろ!」と何とか普通の会話をして欲しいと思ったり、義父がつじつまの合わないことを言っていると、それを否定して、なんとか現状をわからせようと必死になり、優しくしたくても、出来ない。

そして、認知症で、身体は不自由なものの、杖を使えばある程度は歩けたので、出かけたまま帰ってこないのではないかと、自分が不在のときの昼間がすごく心配。

自分以外誰ともしゃべる相手がいないのでどんどん認知症が進むのではないか。

そんな不安を抱えていました。

一人で悩む夫
疲れてイライラして、当たってしまうと言う状態になった
と言っていました。

大好きな親だから何とか自分で面倒が見たかったけれども、このままだと共倒れだと感じて、介護支援のサービス受けようと考えました。

幸か不幸か、夫は義父と両隣で独立した家に住んでいたので、介護支援を受けられることになりました。

心配で一緒に住んでいたのも、思い切って、別々の家で暮らすことにしまいした。

支援の内容はヘルパーさんが毎日来て、義父の昼食、夕食を作ってくれ、また、足先が壊死している状態だったので、それの洗浄なども行ってくれていたそうです。

ヘルパーさんが入り、、また、デイサービスに通うようになってから、やっと、一息つくことが出来ました。

とはいえ、毎日のお風呂の介助、掃除などは夫がひとりでずっとしていました。

そういう経験があったためか、私が「育児ノイローゼ」になったときに、とても理解がありました。


大切な相手でも、自分が休めていないと、お世話が出来ない
と言うことを体験的に知っていたのです。

介護があるなかで、私と結婚、そして子どもが生まれる

結婚してから、妊娠中は、義父の様子を見たり、夫が仕事のときに、病院への付き添いをしたりとしていました。ただの付き添いでもけっこう疲れるなと感じました。

そして、認知症だったので、話がかみ合わない・・・。

ただ、義父はとても穏かな性格で、いやだなと思うようなことはありませんでした。

私の親よりもだいぶ年上だったこともあり、義父というより、「おじいちゃん」と言う感じでした。

やがて子どもが生まれ、一緒に出かけるときは、私はベビーカーを押し、夫は車椅子を押す、という感じで、「子育てと、介護は似たようなもんだね」と話したことがあります。

ただ、子育てはこどもの出来ることが増えていくけど、、介護は今から出来ないことが増えていく、と大きく違うので、介護の方がより精神的負担があるかもしれないと感じたものです。

私たちが子どもがいながらも、義父に対して、優しくできたのは、介護支援を利用していたからです。これがなかったら、もしかしたら、家族は破綻していたかもしれません。

そして、介護の主体は「夫」でした。

夫はもともと介護をしている中で私と結婚したのもあり、出来る限り親の世話は自分がしたいと考えていました。

だから、私が義父のために何かをするたびに必ず「ありがとう。ごめんね、助かる」と言ってくれていました。

感謝の気持ちを言葉で表してくれる、と言うのはとても大事です。

夫に感謝されている、と感じることで自分がやっていることが役に立っていると実感でき、心が和みます。

もし、これがやって当然、と言う態度だったら、きっと喧嘩になっていたと思います。

初めての妊娠、出産、子育て、そして仕事復帰もしたので、その上、介護まで。

無理をしていたら、家族崩壊になっていた気がします。

夫が主に義父を見ていたので、私はそこまでの負担はなかったのですが、ある日事件が・・・。

義父が寝たきりに

驚く顔

認知症の義父、ある日家族が不在のときに、庭に出て、自分で庭に掘った穴に足を引っ掛けてしまい転んでしまいました。こういうことが2回ありました。

1回目は近所の方が気づいてくれて助けてくれたのですが、2回目のとき、転んで動けず、誰にも気づかれず、夫が帰宅するまで、ずっと一日中、寒い中外で座っていました。

その日を境に動けなくなりました。動けないので、デイサービスにもいけません。

動けないので、必然的にオシメが必要になります。大人の排泄物は子どもと違って量も多いので、オシメではカバーしきれず、2日に1回は布団を洗わなければならないと言うことになっていました。

そして、夫が義父にかかりっきりになっている分、もちろん、子育ての協力は無理です。

この時期は仕事、子育て、家事と全部自分ひとりでやりました。

夫は義父のことで付きっ切りです。

生活が一変しました。夫は介護のためにしばらく休暇を取りました。

病院へ連れて行っても、義父が動けるようになる見込みは全くわかりませんでした。

この生活が2週間続いた頃、「このままでは生活が破綻することになる」と思った夫は、義父を施設に預けることを考えました。

自分の親だから自分で見たいけれど、子どもがその頃まだ1歳くらいだったので、このままでは私への負担が大きすぎると考えたのです。

この判断はありがたかったです。夫にとっては自分の親も私のことも同じくらい大事だけど、どうするのがベストなのか冷静に考えて動いたようでした。

義父は「リウマチ」を患っていて、何度も手術をしてきていました。

高血圧かなにかか、他にも病気の薬を飲んでいました。

そういうこともあり、また、長年病院へ通っていたこともあって、病院の先生に相談、ケアマネージャーに相談して、何とか「療養型の病院」へ入院することが出来ました。

介護入院

義父が入院したことで、やっと一息つける状態になったのです。

夫はじめは葛藤していたのですが、入院することで、快適な温度での生活。

また、下の世話なども慣れている方がしてくれるので、義父にとっても負担が少ないことを知り、これでよかったと思います。

入院したから、それっきりと言うわけではなく、夫は仕事が終わった後、毎日病院へ通っていました。

頭ではわかっていても、仕事が終わり、夕食を食べたら、家のこと、こどものことは全て私で、夫は病院へでかけてしまい、子どもが寝ついてから帰ってくると言う生活が、正直辛かったです。

そんな事は口に出せない状況でしたが・・・。

私が仕事が休みのときは、子どもは保育園に預けて、義父の洗濯物を取りに言って、洗濯、乾燥までして戻したり、とやっていました。また、月に1回は他の病院へ診察をしなければなかったので、それは私が行っていました。

夫は介護のため休暇を取っていたので、もう平日の休みを取るのが難しかったからです。

私の仕事はアパレルで平日が休みなので、こういうときも土日休みじゃないと言うのが良い方向に働きました。

当時の私の日記です。

ここ数週間とても大変でした。
義父が突然動けなくなってしまったのです。
動けないと言うことは、食事もトイレも一人ではできないと言うこと。すべて、こどもと同じ、いえ、それ以上の手がかかります。こどもと違って、重いので、オシメ一つも重労働。意識ははっきりしてるので、下の世話は私が手伝うことは、してほしくないと言うことでした。。。老人性のもので治療法がないので、入院は出来ず、痛みがあるので、施設の受け入れも出来ず、突然のことなので、介護用ベッドも何もなく、家は段差があるし、ほんとにあたふたでした。もう、家での介護は無理と言うことで、引き続き施設をケアマネさんに探してもらってます。

いつも明るい主人が、「俺は冷たいのか・・・。親父を家で看れないことが寂しいし、なんともいえない気持ちだ」と切なそうでした。

家で介護できるに越したことはないけれども、0歳児の育児中では、どう考えても物理的に無理。

ましてこれから私は仕事復帰。

今までは、まだ、ゆっくりでも起き上がったり歩くことが出来たから介護が出来てきましたが、私たちの力だけでは限界があります。

ただ、現在、入院してますが、入院すると、認知症が一気に進んでしまうんです。それでなくても、最近、進んでたので・・・。

息子にとってもいいおじいちゃん。

お世話はあるけれども、人間的にとても好意を持てる方なので、私も、もう一緒に暮らさなくなると思うと、少し切ないです。

でも、この数日、主人は義父の世話にほぼつきっきりなので、母子家庭状態プラス息子は夜中起きるので夫婦共に慢性睡眠不足で、とうとうお互い体調不良・・・。

熱が出ても、仕事に行かなければならない主人(義父のことで休みをもらったりしたのでもう休めない)。

仕事復帰までの間に、入所できるホームが見つかればいいけれども、見つからなかったらどうすればいいのでしょうか・・・

もし、自分の親が介護が必要になったら、私は仕事をやめるかもと思いました。

でも、一家の主で、これからこどもを育て上げなければならない主人が、仕事をやめる選択はできない。

私の収入だけでは家族を養うことは出来ないし。

なんだか、これからどうなるか、どうするか、子どもは成長の目安があるけれども、介護はどういう状態になるかの目安が全くないので、サキの見通しが立てづらい。

まあ、大変だけど、母である、私は強くなりたいと思ってます。笑顔を忘れなければ、家族でいい方向に進んでいけると信じてます。

本当に何をどうしていいかわからない状態でした。

周りの助けを得る

私たちが、破綻せずに義父のことを乗り越えたのはとにかく、周りの手を借りると言うことをしたからだと思います。

介護支援や入院に関しても支援を受けるのが無理と一度断られたとしても、しつこく何度も相談に行きました。

現状を話して、このままだと立ち行かないことを、説明し、何とか支援を受けられないのか、いろんな方法を探りました。

入院先の病院も一度で見つかったわけではないです。

何箇所も当たって、断られ、を繰り返しやっと一箇所受け入れてくれるところが見つかりました。

だから、あきらめずに助けを求めるということも大事だと感じています。

そして、利用できるものは利用するということ。

例えば、義父の通院の際、義父は動けなかったので、自分たちで連れて行こうとはせず「介護タクシー」を利用していました。

介護タクシーの車は普通と違っていて、リフト付になっていたり、救急車のようにベッドごと車に乗ることが出来ます。

介護タクシーの方は手馴れているので、スムーズに目的地まで運んでくれます。

病院の方も慣れているので、タクシーが来る時間にはスタンバイしてくださっていて、義父のベッドを入り口まで運び、

そこで、タクシーの方と病院の方がさっと移動用のベッドに移してくださっていました。

私は付き添いだけでよかったので、肉体的負担は全くなかったです。

介護タクシーは介護保険対応の場合と保険外の場合があります。

まずは慌てず現状を把握する

スポンサーリンク

介護が始まるのはある日突然です。とはいえ、いきなり自宅介護とはならないです。介護の前にその原因があります。

「親が倒れた」「なんか言動がおかしい」と言うのがあるので、まずは慌てずに病院へ。

その後、介護が必要がと思ったら、まずは役所に相談に行きます。

自分たちで何とかしようとせず、まずは相談です。役所に行くと丁寧に、必要なことを教えてくれます。

親が悪くなったからと慌てて、同居をするのはちょっと立ち止まって考えたほうが良いと思います。心配かもしれませんが、同居することで受けられる支援が受けられなくなることもあります。

介護支援を利用する

まずは役所の福祉課、介護課へ

要介護の認定がつくと、介護保険を使って支援が得られるので金銭的負担もだいぶ楽になります。そのためにも役所で相談することが大事です。

また、介護支援の概要が市町村によって差があるので、たとえば、他県の友人がこういっていたから、と思わずに、自分が住んでいる地域の役所で相談してください。

介護制度は年々、改定がされているので少し前と今では支援が違うと言うこともあります。

私たちが介護支援を利用したときとまた今は違っています。

また、私たちの親世代の中には他人の手の支援を受けることを嫌がる場合も多いですが、そういう時はどんな風になるのかわからないので不安を抱えているからと言うこともあります。

親に、支援によってどういうことをしてもらえるのか、今と生活がどう変わるのかをきちんと説明して、また、自分の生活のことも率直に話すとよいです。

ただ、感情的にならないように・・・。

また、嫌がっていても、実際に支援を受け始めるとプロの支援なので、家族がするよりスムーズで楽になったと言う被介護者もいます。

実は、私の祖母がそうなのですが、もう90歳を過ぎていましたが、デイサービスを嫌がっていました。

私の母は、持病があり、体力的にも限界を感じていて、無理やり通ってもらうことにしたのです。

そうしたら、意外にも楽しかったようで、うきうきと出かけるようになりました。

同じように、施設に入るのも嫌がっていたのですが、お願いだからと、有料老人ホームに入ることになりました。

そうしたら、以前より顔色が明るくなって、「若い子(80代)が多いのよ~」なんて楽しそうに話すようになりました。

何でも、利用してみないとわからないものです。

同居の場合

同居する家族がいると介護支援が受けられないこともありますが、特例もあります。

●同居している家族が障害や病気で家事を行えない場合。

障害や病気以外でも

●家族が介護疲れで共倒れになるなど深刻な問題が起きています恐れがある

●仕事で不在時に日常生活に支障がる場合

などがあり、この基準も市町村によって違っています。子育て中の介護は、共倒れになる可能性が十分になるので、今の自分たちの置かれている状況を説明して力になってもらいましょう。

短期間の介護の場合

例えば、病状が急激に悪化したというときや、骨折などで短期的に親の介護が必要になったと言う場合は、「介護休暇」を利用することも出来ます。

もちろん、長期的な介護にもこの介護休暇は取れますが、何年もとなると休暇には限りがあるので、次の手を考えなければいけません。次の手は先ほど書いた施設や市の介護支援のことです。

育児休暇はメジャーで取る人も増えていますが、介護休暇(介護休業制度)を利用する人はまだまだ少ないです。

しかし、法律によって、要介護状態になるごと1回ごとに、のべ93日まで介護休業を取ることができるということを定められています。(法改正で、取れるようになっています)

会社員の場合、育児と同じように短時間勤務も取れるような設定している会社も増えていきました。

この介護休暇中は無給になる会社が殆どですが、「介護休業給付金」が出ます。給料の40%を上限として支給されるので、家計の負担も軽くなります。

よく、勘違いされるのですが、介護休業給付金や、育児休業給付金は会社が払っているわけではなく雇用保険から出ています。

きちっと雇用保険を払ってきているのですから、堂々ともらってください。

短期間の介護などで、要介護などの認定がつかず、ヘルパーさんを使えないと言う場合、「家事代行サービス」「家政婦サービス」と言うのがあります。

市役所を通しての支援と違い割高にはなりますが、どうしても仕事を休めない、でも、人の手が必要と言うときに便利です。

家事代行、家政婦サービスはやっている企業によってないように差があります。

ヘルパーさんにはしてもらえないような「散歩の付き添い」「家族の分の料理も作ってもらう」と言う、自分の代わりのことをしてもらえるので、行き届いたサービスを提供しているところが多いです。

この家事代行サービスは何も介護のときだけではなく、自分が疲れてくたくたのときにも使えるので、知って多くといざと言うときに良いです。

これらの市を通さないサービスは値段が高いです。

ただ、お金も大事ですが、自分が病気になってしまったら元も子もないので、介護期間は、貯金は出来なくても仕方がないと割り切るのも一つです。

子育て中の介護を前向きに考える

子育て中、しかもまだ子どもが小さいときに介護が重なると、本当に大変ですが、前向きに考えるとしたら、自分がまだ「若い」と言うのがあります。

大体、一般的には自分が50代、60台くらいから親の介護が入ることが多いです。

でも、育児中の介護は20代、30代、40代での介護です。

体力的にはまだまだある方だと思います。きついと言っても50代の疲れ方とは違う、そう自分に言い聞かせました。

早い時期に介護が来て良かった。

そう思うことにして、がんばりました。

夫の親の介護は済みましたが、今度はいつか自分の親が待っています。

そのときは自分も体力が落ちているだろうと考えて、どんな支援があるのか更に調べて備えていこうと考えています。

つくづく、子育ても介護も、人の手を借りると言うのが重要だと感じています。

この記事がどうしようっと思ったときのワンクッションになれば幸いです。

 

 

スポンサーリンク

サブコンテンツ

このページの先頭へ