[記事公開日]2015/12/27
[最終更新日]2016/06/19

子育てに意味はあるのか。育児で得たこと、幸せなことを考えてみると疲れたときに楽になる。

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初めての育児はわからないことだらけ。
自分の時間がなくなって、大変な思いをして、寝不足になって。

ふと、どうして子育てをしているんだろうと、哲学的になっちゃったり。
そんな気持ちになったことないですか?
産んだから育てるのは当たり前、それはそうなんだけど。
子育ての意味を自分なりにわかるときっと楽になると思うんです。

子どもを産んで得たこと、変わったことなど書いてみます。

ピンクのハート

子どもは神様からのあずかりもの

子育てってなんだろう。
私の母がいつも言っていた言葉。

「子どもは神様からのあずかりもの。」

一時的に育てているけれど、子どもは自分の所有物ではない。
いずれ返すときがくるまでのたった十数年育てるだけ。

母親がこの考えを持っていたから、親離れ子離れが早かったように思います。
(父は若干、子どもは親の所有物と言う考えでした・・・。母と父の考えがアンバランスな家庭で育ちました)
おかげさまで、社会に出るには不自由ない常識が身につきました。
預かっている間大切に育てる。

それが親の役目なんだと思っています。
何かの縁があって私のもとに生まれてきた息子。

生まれるまでに経験したことが一つでもずれていれば、息子に出会うことはなかったかもしれない。
奇跡だと思うと子育ての期間がとても愛しいものに感じます。

子ども時代を追体験

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子育てを始めてから、なんだかこども時代をやり直している感じがしました。
私は小さい頃、親に甘えた記憶が殆どないです。

常に「さびしい」「私なんか生まれてこなければ良かった」という思いがありました。

そのため、子どもを産むことに対し恐怖心があったのですが、実際に育て始めると、小さい頃私が欲しかった言葉や愛情を息子に注いでいる自分に気づきました。
私が子供の頃、親にして欲しかったこと。
ぎゅっと抱きしめる。

自分の存在を認める。
すねても放置しない。

私は小さい頃スキンシップをしていた記憶がありません。
ところが、私が結婚して築いている我が家はとてもスキンシップの多い家族です。
夫ともハグしあう、子どもともハグしあう。
夫とくっついていると、子どもがその真ん中に割り込んで3人でぎゅっとする。

そんな事をしていると、小さい頃の自分が癒されていく気がしました。

たとえば、息子が「ママ嫌い!!」といったとき。
「ママは大好きよ」という。
そういうことで息子と一緒に私の中の子どもも癒されていきます。
息子を通して自分の子ども時代をやり直している。

そんな不思議な感覚になりました。
また、良い思い出がないと思っていても、子どもを育てているとき、ふと母がしてくれたことを思い出すことがあります。
辛いことに覆われて、忘れてしまっていただけで、ちゃんと愛情を注いでもらっていたんだ。
奥底に埋もれていた良い思い出がよみがえることもありました。

息子を大事にすることで自分を大事にしている気がしました。
子育てを通して自分のトラウマが昇華されていくのを感じました。

親の気持ちがわかる

親子

子どもを産むと、親の気持ちになります。
じぶんの親に対する気持ちも変わりました。

親だって人間です。
そして未熟です。

未熟ながらに、一生懸命私のことを育ててくれた。
きっと迷いながら、それが子どもにとって良いことだと信じて子育てをしたんだろうと。
また、私の両親は祖父母と同居だったので、嫁姑間の争いもあったようです。
そんな中、子育てをする。

ストレスがあって当たりまえ。
昔は今のように子育て支援も充実してませんでした。

母は遠く離れてひとりでお嫁に来たので、そばに頼る友達もいなかった。
父は子どもが生まれて、若いながらも大黒柱とならねばというプレッシャーと戦っていた。
そんな親の立場の気持ちが、子どもを産むことでわかるようになってきました。
それとともに、親へのわだかまりもだんだん溶けていくのがわかりました。

特にトラウマのないママ友も、子どもが産まれて、親への感謝の気持ちが強くなったと言っていたので、その立場になって「親」を実感できることも多いのかもしれません。

自分の愛情の深さを発見する

私はずっと自分は人を愛せない人間なんだと思ってきました。

夫と出会うまでも何人か彼氏はいたのですが、彼氏に「愛している」と言われると、「愛って何よ??」と愛情の意味が良くわかりませんでした。

このまま一生愛するという意味がわからないかもしれない、と当時は真剣に悩んだものです。
また、付き合っていても、「ドライ」「冷たい」と言われることもあり、私は何かが欠陥しているんだと感じていました。

子どもが産まれて、こんなに人を愛せるものかと驚きました。
かわいくてたまらない。大切にしたい。
今まで体験したことのないような感情です。
これが「愛」なのかと感じました。

自分には価値がないと思っていたけれど、子どもは全力でママを必要としています。
無償の愛といいますが、無償の愛は親ではなく、子どもが与えてくれているのではないかと。
自分の中のぽっかり開いた穴がどんどん満たされるのを感じました。
この子のためなら何でも出来る。

私ってこんなに愛情を持つことができるんだ・・・と嬉しく思いました。
息子のことがかわいいと思うと同時に、いろんな物に愛情を感じるようになりました。

自然の草花、動物など。
子どもは嫌いでしたが、息子と同じ年齢の子どもまではかわいいと思えるようになっていきました。

こんな風に書くと、あんた、どんだけ病んでたの!?と思っちゃいますよね(苦笑)

子育ては自分育て

私は自我が強くて頑固な人間です。
やりたいことを思い通りに出来ないとストレスを強く感じて、束縛されるのも大嫌い。

責任感が強くて、まじめすぎるところもありました。
ところが、子どもを育てていると何もかもが思い通りに行かない。

予定通りに運ぶことの方が少ない。
イレギュラーな出来事が次々と起こり、先が予測できない。
頑固だと子育てがうまくまわらないんです。
さまざまなことが「適当」になって行きました。

予定を決めて動いていたことも予定を決めなくなり、掃除もぴかぴかにしなきゃ気がすまなかったのが「まあ、いっか」となり、手抜きでぐうたらに。

子どもは間違えたり、失敗しながら成長していきます。
それを見ていると、全く出来ていないのに、完ぺき主義だった自分があほらしく感じて、失敗は成功の元と考えるように。

仕事においても、それまではどんなに体調が悪くても仕事に行って、私生活の楽しみは抑えて仕事・・・としていたのが、子供の病気などを理由に休まざるを得なくなりました。

仕事を休んだりするようになって気づいたこと。
「自分が思っているほど、仕事を休んだらだめなわけではない」

自分が休んでも会社の売り上げはあります。
そして、休んだことをとがめる人もおらず、会社からの評価も変わらず。
自分だけが、がちがちに硬く考えていたようです。

失敗することがあまりこわくなくなったおかげか、仕事でチャレンジすることも増えました。
やってみてダメならまた考えてやり直せばいい。
そんな考えが身についてきたのです。

子どもと話すときは、物事をわかりやすく言うようにしています。
出来るだけ子どもの話を聞くように「傾聴」も心がけるようになりました。

これらのことは生活全てに関わっていて、話を整理する、傾聴することは人間関係を良くするコミュニケーション術として役立ちます。
子どもを産んでからを振り返ると、ずいぶん自分が変わったな~と感じます。
子どもと一緒に自分も成長している気がします。

子どもが笑うだけで幸せな気持ちに

息子が「ママ!!」と呼んで笑うととっても幸せな気持ちになります。

保育園に迎えに行ったときに駆け寄ってくる顔。
学校から帰って、ただいま!!と言う顔。

いつもありがとうと、お手紙をくれるとき。
寒いときにぎゅっとくっついてくるとき。
ご飯を作ったらおいしそうに食べるとき。
毎日毎日、幸せな瞬間があります。

嬉しいこと、幸せなことは数え切れないくらい。
子どもは産まれただけで親孝行と言う言葉がありますが、本当にその通り。

たくさんのギフトをもらっています。

さいごに

子育てって何だろうと思うとき。
疲れたな、意味あるのかなと思うとき。

子どもが生まれてからあった、嬉しいことや幸せなこと。
自分に起こった、良い変化。

ひとりの時間を作って書き出してみてはどうでしょうか。
大変だけど、きっと嬉しいこともいっぱいあると思います。
書き出すときは幸せなことだけにフォーカスすること。
そうすることで気持ちもほっこりします。

子育ての意味は?と聞かれても正しい答えはわからない。
答えが正しい必要もない。
自分なりの意味が見出せれば、いいのではないかと思います。

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